今年1月に発行された話題の書籍『アルツハイマー征服』をご存じですか? タイトルだけ見るとどんな内容なのか想像できそうでできませんが、これはアルツハイマー病の研究の歴史をつづったノンフィクション。2000年代はじめから断続的に取材を重ね、2021年に発行された下山進氏の作品です。

 

このノンフィクションは、50%の確率で遺伝すると言われ、その遺伝子を受け継げば若年のうちに100%発症する家族性アルツハイマー家系の、ある青森の一族のエピソードから始まります。その特徴的な症状は「まきがくる」という隠語で表現され、若くして発症したのちに、みな同じく悲しい経過をたどります。

そして、アルツハイマーの原因や遺伝子の特定へ向けた研究、エーザイで始まったアセチルコリン仮説による新薬開発から治療薬「アリセプト」誕生までの流れ、その指揮を執った杉本八郎氏の功績と左遷、アルツハイマー病のワクチン療法を可能にするトランスジェニックマウスの開発と捏造事件、患者やその家族の想い…など、キーパーソンの証言を得ながらアルツハイマー研究の歴史が紐解かれていきます。

 

アルツハイマー病を発症した母のため新薬開発に没頭した杉本氏のエピソードは、まるで経済小説のよう。ライバルとの争いから人事部へと異動後も、自ら開発した薬の効果を信じ腐らずにコツコツと論文を書き続けます。根本治療薬と期待された「AN1792」の開発に尽力し、のちに自身もアルツハイマーを発症した女性研究者ラエ・リン・バーグ氏は、自ら被験者として治験に参加。人生をかけて病気を克服するために力を注いできた彼女は、施設入所後も「何かお手伝いできることはありませんか?」と聞いて回っていたとのこと。こうした情熱ある研究者の力が、アルツハイマー病患者とその家族に希望を与えてきたことがわかります。

 

もちろん良い話だけではありません。捏造事件による落胆、志半ばで亡くなった研究者、創薬には莫大な時間とお金がかかることから途中で打ち切りとなってしまう治験。成功の積み重ね「いい薬を開発し、患者に希望を」というきれいごとだけではないのです。たくさんの残念な結果を、貴重な証言とともに振り返りながら、アルツハイマー研究の歴史はドラマティックに進んできたことがよくわかります。アルツハイマー家系の国際家族会でのある日本人女性のスピーチ。いずれ「まきがくる」ことで大変な思いをしてきたことがうかがえます。「遺伝のことを気にせず選択できる日が来ることを願う」という言葉には胸が詰まりました。

 

アルツハイマーの特効薬はいまだ見つかっていません。しかし、もうあと少しで「アルツハイマー征服」も可能なのかもしれません。そしてまだ今も、患者・家族、研究者、企業とそれぞれが戦い続け、ようやくここまで…という道のりが、実際に関わってきた人たちの「本物の声」とともに『アルツハイマー征服』に記されています。

 

ただの事実の羅列ではなく、関係者の深い思いまで伝わってくるノンフィクションで非常に興味深い読み物でした。気になる方はぜひお読みください!