さて、今日はアトピー性皮膚炎のお話ですが、最初にすこしわき道にそれましょう。皆さん、学校では古文と漢文を習いましたね。古文はいってみればむかしむかしの日本語、漢文はそれよりもはるかむかしの中国語です。一方のヨーロッパにおいては、ラテン語と古代ギリシャ語が教養として長らく重要視されてきました。現在ヨーロッパ各国語のアルファベットはすべて「ラテン文字」です。一方で古代ギリシャ語は、日本でいえば漢文のようなもので、ヨーロッパ人にとってはより「遠い」言葉でした。その分、古代ギリシャ語については優雅なイメージが付きまとうようです。文字も「α(アルファ)」や「γ(ガンマ)」など、ラテン文字に比べてかなり違っています。

 

ここで本題に移りましょう。「アトピー」という言葉は果たして何を意味しているのでしょうか。これは、古代ギリシャ語から来ています。書いてみると、「ἄτοπος」となります。どうです、なんとも優雅な文字でしょう。これは「ア・ト・ポ・ス」と読みます。「ト・ポ・ス」というのは、「場所」という意味で、それに否定を意味する「ア」がついて、「場所にあらず」というぐらいの意味です。転じて、「奇妙な」という意味になります。今の「アトピー性皮膚炎」という意味で使われ始めたのは、1923年のことだと言われていますが、「奇妙な」というぐらいですから、その原因についてはよく分かりませんでした。

 

気管支喘息やアレルギー鼻炎などと並んで、三大アレルギーなどといわれるアトピーですが、そうすると、アトピーを引き起こすアレルゲン(悪化因子)があるはずです。そのアレルゲンを特定できれば、それを除去してしまえばいいわけですから、かつてはアトピー反応を引き起こすアレルゲンを探すことが研究の主眼でした。しかし、それらの研究はいずれも行き詰ってしまいました。アトピーを引き起こすようなアレルゲンは見つからなかったのです。

最近研究が進んできて、アトピーの原因はアレルギーではないらしいということが分かってきています。2000年代初めあたりからいわれはじめたのは、「皮膚のバリア機能の低下」ということです。皮膚には、身の回りの様々な物質から身体を守るというバリア機能があります。ケガをしたとき、絆創膏を貼るのもそのためです。例えれば、外敵から身を守るためのレンガの壁のようなものです。

しかし、レンガの壁というのは、単にレンガを積み上げただけでは、すこし押しただけでガラガラと崩れてしまいます。レンガの壁を作るには、レンガとレンガの間をセメントで固めなくてはなりませんね。皮膚のバリア機能もそれと同じで、セメントの役割を果たしているのがたんぱく質になります。アトピーの原因の第一としては、この「つなぎ」の役割を果たしているたんぱく質が壊れてしまうことで、バリア機能全体がもろくなってしまうことです。多くの場合、これは遺伝によるものと言われています。

さらにたんぱく質が壊れてしまうことで、肌は容易に水分を失ってしまいます。これがさらにバリア機能を低下させてしまいます。セメントのつなぎがなく、レンガを積み重ねただけの壁で、さらにその一つ一つのレンガ自体もすぐに割れてしまうような状態になっているわけです。

人間の身の回りの刺激には、物理的刺激(掻く、叩くなど)、化学的刺激(汗、食物など)、温度的刺激(熱湯など)の3つがあります。バリア機能が失われた肌は、通常では平気なはずのこれらの刺激に対しても、容易にダメージを受けてしまい、炎症を起こしてしまうのです。これがアトピー性皮膚炎のメカニズムだと言われています。

 

では、アレルギーとの関連性はどうなのでしょうか。例えば次のようなデータがあります。アトピー患者(子供)の30%に食物アレルギーがみられるというのです。ここから次のようなことが言えます。つまり、アレルギーはあくまでもアトピーの結果にすぎないのであって、その原因ではないということです。さらに次のようなデータを挙げましょう。

 

ALSPAC(Avon両親・子ども縦断調査研究)によれば、5歳までにピーナッツアレルギーを持っている子供は、それ以前にアトピー性皮膚炎を発症しており、ピーナッツオイルを成分に含むクリームによる処置を受けていた、というものです。

 

さて、これらの5歳児は、すでにアトピー性皮膚炎を発症しているわけですから、皮膚のバリア機能が低下しています。そのバリア機能が低下した皮膚に、ピーナッツオイルが塗布されるとどうなるでしょうか? 免疫システムはその刺激に対してIgEというアレルギー抗体を作ります。そのことによって、次にピーナッツを経口摂取した場合にも免疫システムが反応し、アレルギー反応を生み出してしまうのです。

 

お分かりいただけたでしょうか? つまりアトピー性皮膚炎は皮膚のバリア機能の低下、つまり外的な要因によるものです。そしてそれに伴うアレルギー症状は、皮膚からの刺激に対して生み出されたIgEというアレルギー抗体によるもの、つまり内的な結果なのです。

 

ここまで読んでこられた方はすでにお分かりいただけたかと思いますが、アトピー性皮膚炎の対策としては、まず皮膚のバリア機能・保湿機能を回復させることが何にもまして重要なのです。